MIT Sloanにて、2007年から2009年までMBA遊学していた、ふらうとです。ボストンとNYでの暮らしや音楽、そして学びを書きつらねています。外資系コンサルティング会社に在籍(社費留学)。趣味はフルート演奏
by flauto_Sloan
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結・MIT Sloan 遊学記を終えて
学問の四焉(修焉、蔵焉、息焉、遊焉)の境地のどこまで至っただろうか。
知識を見識に引き上げ、胆識を養うに至っただろうか。

答は、わからない。
答が出る類の問いであるのかも、わからない。

だが、好奇心をもって知識を吸収し、自分の頭でとことん考え、自分の肚で勇気を生み出し前進することを学んだ。いや、自分という袋の中をまさぐって、引き上げて向き合ったというべきか。

その過程で、遊焉とは何であり、胆識とは何であるのか、それを垣間見、そこへ進む勇気と歩みを得られた。
不要な執着から自由になり、その自由が伴う責任を受け入れる覚悟ができた。

この学びと成長が本物かどうかは、帰国して実践することで、5年ほど経ってふとわかることだろう。


この2年間を生き延び、人間として少しでも回復し成長できたのは、家族と友人に拠るところが計り知れないほど大きい。また、留学の機会を与えてくれた会社にも感謝しており、きっちり御恩返しをするつもりだ。
そして、このようなブログの約540件の記事に興味を持って読んでいただいた皆様には、書き始めたときには予期していなかったような励まし、関心、助言等を頂き、感謝の念に堪えない。

こうした、面識のあるなしにかかわらない、人と人との無限のつながりにまた、大きな可能性と学びと成長の機会を感じる*


遊学を終えたら、学ぶことが終わるわけではない。
むしろ、学ばねばならないという必要性と、学びたいという好奇心が強まるばかりだ。

遊焉の境地を想うがゆえに、遊学はまだ続く。


* 卒業後の足取りを、別のブログにするかどうかは未定だ。
仕事の内容を書くことはないだろうが、日々の学びを書き識すものは作るかもしれない
そのときは、またお目にかかれることを望みたい

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# by flauto_Sloan | 2009-06-08 22:21 | Mens et Manus
退寮
New Ashdownから退寮した。

ボストンの街に別れを告げ、最後の一ヶ月を過ごすNYへと移動した。2年間のボストン生活が終わりを告げる。終わりであり、これは始まりでもあるのだ。
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主だった家具は寮内でムービング・セールを行い、売れ残った物はキッチンや廊下に「無料」と書いた紙を乗せておいたら、1時間ほどでいつの間にかなくなっていた。そして、何もなくなった寮室。鍵をフロントに返すと、あっけなく退寮手続きが終わった。
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最後は荷物とともにタクシーでサウス・ステーションへ向かったのだが、メモリアル・ドライブを通ってもらい、MITを最後に一目見てから発った。
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厳しい冬を忘れたかのように、空は青く澄み、陽射しは強い。芝生や木々の青は明るさを増し、生命力がみなぎる。この生命の躍動感を感じ始める季節だからこそ、欧米では初夏に卒業するのかもしれない。桜を愛する日本が三月に卒業するように。
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ボストンを次に訪れるのはいつかわからない。その時に、この街が私を迎えてくれる表情が楽しみだ。

さらば、ボストン。
ありがとう、MIT。
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# by flauto_Sloan | 2009-06-07 22:13 | ボストンでの生活
2年間の学びを振り返る
この2年間での学業を振り返ろうと思う。結果的に成績は悪くなかったが、そういう計れるもの以上に多くを学べたと思う。学期ごとに振り返ってみる。


1年目の秋学期
必修であった最初の学期では、以前も書いたが、学ぶことの楽しさと、拠って立つ原理原則を学んだ。つまり

1) ビジネスは複雑化し、事業の全体像を把握することは困難になる中、
2) マネージャーたるもの事実を把握するための最低限の知識・スキルを身につけたうえで、
3) 限られた情報の中で意思決定をするための原理原則を理解し、
4) その原理原則が適用できる範囲を把握して正しい判断を行うこと、が重要である

ということを、ミクロ経済、ファイナンス、組織論などを綜合して学んだ。
世の中の多くの問題に正解はない。が、不正解はある。原理原則してはならない不正解を知ることは、意思決定の幅を的確に狭めてくれるし、また一見正しそうに聞こえる案に惑わされることがなくなる。
まさに学問と実際との関連と境界を学び、この2年間の礎となった。
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1年目の春学期
春学期では、アカデミックな知見と、人間本来の性質とを理解することが、それらと一見遠そうに見えるビジネスでも強力な見識となることと、己の限界を把握することの必要性を学んだ。

アカデミックな知見は、これまでの偉大な学者の研究の積み重ねにあるため、そこに埋め込まれた知見や洞察は深く、決して疎かにはできない。学者は象牙の塔に籠っているので、生き馬の目を抜くビジネスの実際がわかっていない、とは尤もらしく聞こえる。だが特にアメリカの学者は、実践を強く意識している。

投資銀行にいたファイナンスのアスキス教授、ザラなどのオペレーション改革を主導したオペレーション入門のガリエン教授、有名なアントレプレナーであったテクノロジー・ストラテジーのアンダーソン教授らは、自ら超一流のビジネスパーソンであり、さらに理論を極めている。理論と実践を極めた彼らの含蓄ある言葉は、大きな気付きを与えてくれた。
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りごぼん教授のマクロ経済学は、初めて学ぶ内容ながら、教授の強烈なパーソナリティと、ケーススタディによる歴史との整合性とで、いかに抽象化したモデルが(限界はありつつも)社会を強力に説明できるのかを学んだ。この抽象と具体のバランスは、ともすれば抽象か具体かと対立軸で考えがちだった私に、それらを止揚した考え方があると気づかせてくれた。
関連記事1, 2, 3

また、人間本来の性質を理解するのが、結局人間の社会を理解するのに重要だと再認識した。
テクノロジー・セールスの授業では、結局人が物を買うのはそれを売る人間を買うのであり、物を売るには、買う側の本当に求めているものを知り、買える理由を与えることが重要だと講じていた。まさに心理と人格が重要な要素だ。
関連記事1, 2

ゲーム理論では、進化論におけるESS(進化的に安定な戦略)と絡めながら理論を学ぶと同時に、教授が設計したオンライン・ゲームに毎週参加することで、賢しらなMBA生が見事に理論と整合する行動をとってしまうことを目の当たりにし、納得感を深く持てた。
関連記事1, 2, 3, 4

途中まで履修していた、経済学部の行動経済学の授業でも、人間がいかに理性的ではなく、バイアスにまみれているか、そしてそれを理解することで何が見えてくるのかを学んだ。
また、人間の社会は国や文化で様々でありながら、共通の行動規範や社会・経済構造があると学ぶことは、人間という種に遺伝子レベルで埋め込まれた性質があることを教えてくれる。マクロ経済学、グローバル・マーケット、グローバル戦略論の3つの授業を同時並行で受講したことで、その多様性と共通性を理解することができた。
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加えると、この学期はやる気が焦りになったのか、授業を取り過ぎて破綻をきたしかけた。やはり自分は人間の一個体でしかなく、限界を知ってその中でやりくりしないといけないのだ。これは一度失敗しているのにもかかわらず、感情や焦り、執着というものがそれを忘れさせてしまった。やはり時折、一歩下がって自分を客観的に(過小評価も過大評価もせず)見つめることが必要だ。
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2年目秋学期
この2年間の転換点であり、ものの考え方が根本から大きく変わった。言うなれば、OSを入れ替えたようなものだ。
履修していた、システム・ダイナミクス、リーダーシップ、パワー&ネゴシエーション、インダストリアル・エコノミクスの4つの授業は、途中から結びつき絡み合い、世の中の構造、集団の構造、その中の個人の行動という3つのレベルでのダイナミクスを学ぶことになり、世界を今までとは別の角度で見られるようになった

システム・ダイナミクスは全ての根幹にある考え方で、世の中の事象を因果関係とその循環で構造化する。その構造に定量的・半定量的な分析を持ちこむことで、将来のシミュレーションや、問題解決のためのレバレッジ・ポイントを発見できる。それにより、逆効果となる施策を避け、本質を見抜く力を養う。
構造を理解すると、一見逆説的(counter-intuitive)な行動が、問題解決になることがある。たとえば、売り上げが落ちて士気が下がってきたので、思い切って価格を上げる、顧客対応が追い付かず収益が悪化してきたので、あえて接客時間を長くとる、といった打ち手が、一見事態を悪化させているようで、問題の構造を理解していると実は正しい効果を生むことがある。
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ハイフェッツ教授のリーダーシップの授業は、冬の集中講義ともども、このブログで散々語ってきた。そこでは文化人類学にまで掘り下げたうえで、人間が社会および集団の中でどうダイナミクスを生み出し、それに応じて行動するか、リーダーシップはそのダイナミクスを熱したり冷ましたりすることで、人をより高い目標に導くための学習を促すのだ、と学んだ。理論(膨大な参考文献)と実践(チームセッションと授業中)とで、リーダーシップを取ることの危うさと、その向こうにある目標の崇高さ、それを推し進める矜持を学んだ。最も感動し、学びが深かった授業だった。
関連記事1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8, 9, 10, 11, 12

パワー&ネゴシエーションは、いわゆる交渉学なのだが、個人や集団との交渉を、交渉の背後にある構造にまで踏み込んだ上で設計し実行することを強調する。それはまさに、リーダーシップを発揮するうえで必要な術であり、構造の把握が如何に重要かを、実践的に理解した。個別の交渉術もさることながら、相手の意思決定に、問題を取り巻く組織・社会・文化的構造をどう作用させるかという本質論が、大きな学びであり気付きだった。
関連記事1, 2, 3, 4

インダストリアル・エコノミクスで学んだ、産業別の競争環境と戦略も、これらの構造とダイナミクスを適用させるケースであった。経済活動も、購買意思決定者のレベルにまで落とし込めば交渉であり、相手の心理を「買う」という状態にまで持っていくための構造設計である。その構造には、企業という集団レベルでのダイナミクスがあり、その企業のある産業・市場の中では、市場規模の拡大・縮小や、競合環境の変化といったダイナミクスがある。これらの構造を理解し、どう戦略を建てるべきなのか、という観点で学ぶと面白かった。

これで世の中を見通せるようになった、と烏滸がましいことは言わないが、近視眼的であることと大局観を持つことの違い、事象の背後にあるものを構造化するとはどういうことかを理解できた。ダンスを踊りながらバルコニーに上がること、これを常に意識しよう。


2年目春学期
最終学期は、歴史とそこから学ぶことの重要性を学んだ。先学期では社会・集団・個人の構造を、微分的なダイナミクスで捉えたが、今学期はその時間軸をぐっと伸ばし、歴史という一段大きな構造を把握することで、見識のレベルを深めることを理解した。

フォーブズ教授の「世界経済が抱える課題(Global Economic Challenge)」の授業では、歴史をしっかりと捉えれば、この金融危機ですら古くて新しい問題であり、過去から学べるものが多いと示した。ブッシュ政権の経済諮問委員会の最年少メンバーだったフォーブズ教授は、100年に1度といわれる今回の金融危機を、まさに時間軸を100年以上に捉えて、様々な「危機」のケースを取り上げることで、危機のうちで何が人類未経験の課題で、何が既にわかっている課題かを切り分けた。大部分は未曾有でもなんでもなく、規模の大小はあれど人類が経験しているものだった。
歴史から、過去の経験から学べるからこそ、何が今新たに知を結集すべき新しい課題かを切り分け、解くことができる。それを毎度一から解いていたのでは、時間がかかるし、動員できる知は限られる。ちっぽけな頭に閉じた世界で考えるのではなく、先人の知恵を総動員することが重要だと学んだ。
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サロー教授の「経済・政治に関る課題」の授業では、歴史観の重要性を、現代のテーマを取り上げることで実感した。高齢である教授が、自分の経験(それが即ち歴史となっている)を基に、常識や通説といったものをばっさりと切り捨てる。もちろん自分の経験へのバイアスはかなり強いのだが、多くを経験してきた教授の見識には常に一定の理がある。その理を積み立てていくこともまた、実践的に学ぶということなのだろう。
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アターバック教授の「破壊的イノベーション」の授業では、テクノロジーが市場に与える影響を、歴史から共通性を紐解いて考えることで、一定の構造があることが論じられた。イノベーションによる産業の栄枯盛衰は、ごく最近現れたかのような印象を持つが、それは我々の記憶の短さと、経験によるバイアスでしかないのだろう。ボストンの氷産業から電球、自動車、最新のデジタル機器に至るまで、イノベーションによって技術・商品が世代交代し、その交代の過程での新旧両技術の動向や、一つの技術の栄枯盛衰のサイクルには法則性がある。この、技術が生み出す短期・長期のダイナミクスと、それをもたらす構造への洞察は非常に深く、印象深かった。
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マドニック教授のウェブ3.0の授業は、新たなイノベーションの萌芽となりうる技術と、その先にあると考えられるweb 3.0とはどのようなものかを議論した。最近日本でも広まりつつあるfacebookやtwitter、TripAdvisorなどを始め、Wolfram Alphaなどの先駆ける技術、そしてクラウドやセマンティック・ウェブにまで、まだ誰もよくわからないものをわからないままに、のびのびと考えるのは知的刺激に溢れ、面白い授業だった。将来のウェブやビジネスを想像するのは楽しい。
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キーガン教授のアダルト・デベロップメントの授業では、大人になっても学び続けることの重要さと、その先にある成熟した人間の姿、それに向かううえで障壁となる心理を学んだ。東洋で器を大きくすると表現されるものを考える契機となった。大器は晩成しうるのだ。
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ローゼンフィールド教授のオペレーション戦略の授業は、様々なゲストスピーカーが招かれたのだが、彼らの経験をまとめたケーススタディに、自身がコメントをすることで、何がオペレーション設計上、戦略策定上のボトルネックや課題となるのかをビビッドに感じることができた。
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こうして2年間を振り返ると、まさに視野が広がり、考え方の柔軟さや奥深さを得られたと思う。知識を見識レベルにまで深め、胆識を養う素地と実践が行えた。MBAでのテクニカルな学びはさることながら、こうした一歩引いて学んだことこそ、この2年間で得た大きな財産であり、私自身を養う得難い経験だったと思う。
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# by flauto_Sloan | 2009-06-07 10:40 | MITでの学び(MBA)
母校 - Alma Mater
卒業式から一夜明けて、妻は一足先にNYへ帰っていった。私は母親にMITを案内するとともに、この学び舎に別れを告げていった。昨日は人と喜びに溢れかえっていたキリアン広場も、今日は芝生が青々と生い茂る。
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何度も通学で歩いた無限回廊(Infinite Corridor)を歩くと、面白いイベントのポスターを探した掲示板、MITHengeなどが思い出される。
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不可思議なデザインのスタータ・センターに入ると、世界を変えていく創造力の息吹を感じる。
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そしてスローンの建物に入ると、私の視野を大きく広げた学びと、350人の仲間との交友が、私の中に根付いていることを感じる。
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偉大な学者や起業家が、最先端の知見や、熱情あふれる経験を教えてくれた大講堂。好奇心を呼び覚ましてくれた。
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これでこの校舎に足を踏み入れるのも、最後かもしれない。
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様々な思い出が去来する。

だが、悲しいだとか寂しいだとか、後ろ向きな感情はない。いつでも私を迎え入れてくれ、腰を下ろして休むことができる場所だ、と感じる。

これがこのMITとSloan School of Managementを母校(Alma Mater)と呼ぶことの意味なのだろう。
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# by flauto_Sloan | 2009-06-06 22:34 | MITでの学び(MBA)
Commencement
今日、MITを卒業した。

卒業をCommencementというように、これは私にとっての新しい人生の始まりであり、出発点だ。2年間友に学んできた友人も皆旅立つ。
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c0131701_15214618.jpg決して未来は薔薇色ではないかもしれないが、このケンブリッジの地で学んだこと、それにより成長した自分を信じて進んでいくしかない。

指に嵌めているGrad Ratの向きは反対になり、学舎は懐かしむ母校となり、激動の社会が棲家となった。
この手で、自分の未来を掴み取らねばならない。


c0131701_1523857.jpgスーザン・ホックフィールド総長のスピーチも、ゲストのマサチューセッツ州のパトリック知事も、先行きの見えない世界でも進む勇気と、その世界をよりよくするためのテクノロジーの重要性を強く訴えていた。

今年はMBAに限らず、エンジニアの学生も就職には苦労している。喜ぶべき門出にも不安が付きまとう。

だが、そこでまず信じるべきは自分自身であり、さらには科学技術を築き上げた人類の叡智である。


Massachusetts Institute of Technology を卒業する者は、そう決意するに相応しい人材だ、と受け取った修了証書が語りかけてくれた気がした。
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# by flauto_Sloan | 2009-06-05 22:09 | MITでの学び(MBA)
Convocation
c0131701_153174.jpg今年からMIT Sloanだけでの修了式、Convocationが行われるようになり、2年間を共にした350人の旅立ちを皆で祝った。とても名誉なことに、その記念すべき初めてのConvocationで、私と妻とで演奏する機会を得られた。2年間の思い出が去来し寂しくなったが、非常に思い出に残る修了式だった

開会の宣言の後、卒業代表のイスラエル人のシミリットが答辞を述べた。コアチーム、授業でのチーム、プロジェクト、旅行… 彼女個人による周りの人々への謝辞を通じて、我々一人一人が仲間、家族、そしてMITの教員・職員に感謝の気持ちがこみ上げる。

そしてその答辞の直後に、私たちの演奏だった。曲はチャイコフスキーの『眠れる森の美女』よりワルツで、フルート、ヴァイオリン、ピアノへの編曲版だ。今は眠れる雌伏のときかもしれないが、明るく前向きに、ワルツのステップを踏むように楽しみながら前に進みたい、そんな想いで選んだ。ピアノは妻といた学生オーケストラの後輩であるMayさんにお願いした。

今までで一番の大役であり、やや緊張もしたが、舞台に上ると不思議と楽しもうという気持ちになってきた。演奏(youtubeへのリンク)は本番にしては上出来で、会場の仲間たちから大きな拍手を頂いた。後から聞くと、"ローリング・スローンズ"のロックではなくクラシック音楽であることに不満を感じた人も、私たちの演奏を聴いて喜んでくれたらしい。

c0131701_14562279.jpg席に戻ると、このすばらしい機会を成し遂げた達成感と興奮とで、その後のディーンやゲストスピーカーの話があまり頭に入ってこなかった。厳しい状況で卒業する我々を勇気付けるメッセージだったが、私にとっては、学生生活の最後で学生総代に続く大任を認められたこと自体が、最大の勇気に繋がった

修了式後は、友人やその家族に会うたびに、素晴らしい演奏だったとの言葉を頂いた。有難い限りだ。フルートを始めて20年になろうとするが、自分の能力、音楽がここまで人の感情を動かし、記憶に残ったことはなかっただろう。

この演奏をさせてくれた実行委員会、私を推薦してくれたマリー、そして何よりピアノを弾いてくれたMayさんとそのご家族と、愛する妻に感謝するばかりだ。


夜はボストン市内を見渡す、プルデンシャル・スカイウォークを貸しきっての立食パーティーだった。家族連れで皆やってきて、学生最後の夜を皆で祝った。チャールズ川の向こうにMITの校舎を見渡すと、これまであまり自覚しなかった母校愛を強く感じる。
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c0131701_1511416.jpg友人たちと将来のことやMITでの思い出を語り合い、写真をたくさん撮る。
皆もうすぐ離れ離れになってしまう。世界中に散らばるが、ここでの経験や絆はずっと保っていきたい。

明日はいよいよ卒業だ
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# by flauto_Sloan | 2009-06-04 23:43 | MITでの学び(MBA)
ボストン観光
今日は一日、母を連れて妻とボストン市内観光をした。かねて行きたかったホエール・ウォッチングをしたのだが、これが面白く、母も妻も大満足だった。
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ボストン沖には鯨が棲息しているので、夏はボストンの港やケープコッドからホエール・ウォッチングの船が出る。今回は水族館の先にある埠頭から出航する船に乗り、鯨を見に向かった。出航すると、ボストンの街がだんだん小さくなっていく。ボストンは港町だったのだな、と改めて実感していると、やがてケープコッドが見える。それも越えると波が高くなり、沖合いに出る。
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1時間ちょっと船に乗っていると、鯨の棲息するポイントに達した。遠くで鯨の群れが泳いでいるのが見える。じわじわと船が近づくと、鯨が驚くほど間近に見えた。巨大な鯨が雄大に泳いでいるのを見るのは、楽しく神秘的だった。
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さらに船を走らせると、別の鯨と遭遇した。この鯨はサービス精神旺盛なのか、なにか異変が起きているのかわからないが、船のすぐ傍まで来て水面に顔を出していた。鯨の顔をこんなに近くで見るのは、生まれて初めてだ。
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あまりに近いので、潜っていても影が見える。乗客は船の上から、影を追って移動する。迫力ある鯨の泳ぎに、みな大興奮だった。

市内に戻ると、クインシー・マーケットからフリーダム・トレイルをボストン・コモン方向へと歩いた。流石に3回目のフリーダム・トレイルなので、だいぶどこに何があるか判ってきた。何度もボストンには来ていた母も、この歴史が刻まれている道を歩くのは初めてらしく、とても楽しんでもらえたようだ。私も、最後にボストンの歴史を改めて振り返ることができたのが嬉しい。
(写真はアメリカ最古のレストラン、ユニオン・オイスターにて、JFKがいつも利用していたテーブル)
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夜はグリル23という、ボストンでも有名なステーキ屋さんへ行った。去年のジャパン・トレックの参加者が、お礼にとオーガナイザーへ食事券をくれたレストランだったので、最後に予約して訪れた。さすがにアメリカの一流ステーキハウスは、肉がジューシーで最高だ。焼き加減も絶妙で、食べていて幸せになってくる。

ボストンを楽しみつくした、充実した一日だった。
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# by flauto_Sloan | 2009-06-03 23:30 | 旅行
結婚記念日
卒業式に出るため、母親がボストンに来た。そして今日は私たち夫婦の結婚記念日。ボストンきっての名店といわれるOleanaでお祝いをした。Oleanaは、ハーバードの学部・大学院を出た友人がお勧めのレストランであり、私の結婚祝いにギフト券を貰っていたところでもある。そこで、満を持してOleanaを予約した。

ボストンに到着した母は、昨年までHotel@MITというMITの資産だった、Le Meridian に宿泊した。寮から歩いて5分ほどであり、さすがに便利だ。Hotel@MITだった頃は、ベッドカバーが数式だらけだったらしいのだが、売却された今は普通の白いシーツで残念。だが宇宙船のようなエレベーターなどにかつての名残がある。

そのホテルから車で5-6分ほどで、Oleanaに到着。時間は早めだが、すぐに混雑するのが名店らしい。
食事は流石に、どれもとても美味しい。パンは焼きたてで、オリーブオイルも味わい深い。そして料理は野菜も魚も素材が活きていて、一品一品が楽しい。ボストンにもここまで美味しいお店があるのだな、と最後になって見直した。

家族3人で、幸せな結婚記念日だった。
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# by flauto_Sloan | 2009-06-02 23:18 | 家族
ボーゲル塾卒業
c0131701_14262175.jpg2年間に亘り通ったボーゲル塾。
ボーゲル先生宅での勉強会は先日が最後だったが、本日は4つの分科会が1年間の研究発表と質疑応答を行い、懇親会を行った。

いわば門下生自身による卒業式だ。

日本人のアイデンティティ、少子高齢社会での日本のあり方、日本のプレゼンスと外交、日本の教育という4つのテーマは、相互連関していて非常に面白い。日本の様々な閉塞感や問題は、突き詰めていけば『成長の限界』の縮図なのではないか、と思う。

国土も資源も限られた日本が、高い教育水準(特に戦前のエリート層)と人口増加によって目覚しい成長を遂げたが、その限界を迎えて今は下降局面にある。だがこれまで成長、躍進しか経験したことがない日本国民や政治家は、成長の限界局面を迎えてどうしてよいのかがわからない。縮小均衡に陥るのが自然であっても、それを選択することは前の世代の成功を引き継げない「失敗」と見做されてしまう

では均衡を破るしかないのだが、均衡を破るには別の何かで不均衡を作らなければならない。その新しい不均衡がテーマによって、価値観だったり移民政策だったり、軍事力だったり教育の多様性だったりする。不均衡なので当然、それらの変化によって何かを失うことになり、抵抗する人がいる。抵抗に屈し続けたら、待っているのは国民総茹で蛙だ。いや、目端の利く人は一足先に逃げるか出し抜くかするだろうが。


だが地球全体がいずれ『成長の限界』を迎えるのなら(これは非常に強い仮定だが)、それを一足先に迎えた日本は、世界のロールモデル足りうる。他の世界が日本のような限界に追いついて始めて、日本が失敗していたのでなく、将来を先取りしていたのだと気がつくかもしれない。今回の金融危機でようやく、日本のバブル崩壊後の対応が理解されたように。

その時、日本が豊かなる衰退といった新しいモデルを示せるかどうかで、その時に世界の尊敬を得られるか、あるいは見直されもしない存在に甘んじるかが決まるかもしれない。

もちろん、その時までに日本が今以上に意気消沈してしまっていては意味がない。そのため、何とか日本人のアイデンティティを括弧たるものにし、少子高齢の社会システムを描き、プレゼンスを維持し、教育の建て直しをしなければならない。それぞれの局所解としては、さすがボーゲル塾だけあり、色々と面白い意見が出てきた。だがそれを俯瞰して、どう取捨選択し、対立を止揚するか。答えのない悩みが深まった。だがその悩み自体が、大きな学びであり、ボーゲル塾を卒業した証なのだろう。

答えがないが故に、日本に帰っても引き続き同門の士と議論し続けたい。志を忘れてはいけない。
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# by flauto_sloan | 2009-05-31 14:28 | Harvardでの学び